「ウィズレイは、私を甘やかしすぎだと思うの」

化粧台の前に座って唇を尖らせる。
鏡の中に映っているのは自分の姿だけれど、実際に髪を整えているのは私ではない。
それが少しだけ不満だった。

「なんでだよ」

半年前に結婚した夫――『ディクスの獅子』と呼ばれ、恐れられているウィズレイは、せっせと私の髪を結いながら応える。どうやら今日は三つ編みらしい。
鼻歌交じりで楽しそうにしているのを見るに、この状況がおかしいとは微塵も思っていないようだった。

「髪くらい自分で結えるのに……」

贅沢な悩みかもしれないけれど、最近のウィズレイの過保護っぷりは度を超している気がする。
家事も「メイドにやらせろ」と言って遠ざけられてしまったし、重いものを持とうものなら、どこで見ているのか駆けつけてきてくれる。

大事にされているな、と嬉しく思う反面、妙な寂しさもあった。
この寂しさはどこからくるのだろう。
そう思考を巡らせている内に、鏡の中の私はすっかり「お出かけの準備万端」になっていた。
左右に作ったおさげは、毛量が多いせいでちょっと太めだ。
試しに緩く首を振ると、三つ編みが髪飾りみたいに揺れた。

「だってお前がやったら、すぐに解けちまうだろ」
「そうだけど……」

指摘されて言葉に詰まる。
先日の外出の際は、木々の多い所に行くから邪魔にならないようにと結って行ったのに、途中で解けてしまったのだ。
しかもそれが枝に引っかかって、取るのにえらく苦労した……なんて記憶が脳裏に蘇る。
前科があるから強く言えず、鏡越しにそろりと見上げた。

「でも、自分でやらないと上達しないと思うの」
「お前は裁縫や料理ができるんだから、これ以上器用にならなくていいんだよ」
「それとこれとは別の……」

言い終わる前に、ぽふっと帽子が被せられる。
反射的に口を閉じたら、その間に手を引かれて身なりを整えられてしまった。

テキパキとした所作は、まるで大柄な執事だ。
口を挟む隙すらなく、気がつけば扉の前に立っていた。

「か、鞄くらいは自分で持つよ!」


ウィズレイの手には、着替えやら弁当やらが詰め込まれた、大きめの鞄が下げられていた。
はっとして奪おうとするも、ひょいっとかわされてしまう。

「今日はお前を休ませるための旅行なんだ、重いものを持たせたら意味ねぇだろ」
「でも……」
また奪おうと伸ばした手を、逆に取られて引き寄せられる。
そうして私の文句は、扉の閉開音にかき消されてしまった。


エントランスに着くまでの間、揺れる鞄を見ながら溜息をこぼす。
どう考えても、非力な女子だと思われている気がしてならない。
身長が小さいせいで子供っぽくみられがちだが、これでも孤児院育ちで、心身共に結構逞しいほうだという自負があるのだ。
だから今の……まるで姫のような扱いを受けると、申し訳なく思ってしまう。

「お仕事をしてた時は、その鞄よりももっと重いものを持ってたのに」
「ああ、知ってる」
「なら持たせて欲しいんだけど……」
「老い先短いおっさんの楽しみを奪う気か?
嫁さんの鞄持つくらい、いいじゃねーか」
「もう、こんな時だけおじさんぶるんだから」

まだ三十一のくせに、都合の悪い時だけ年齢差を出して大人ぶる。そんな夫の悪癖と茶目っ気に溜息を吐いた。
と、そんなやりとりに混じるような笑い声が柱の陰から聞こえてきて、二人揃って振り向く。

「ふっ、あははっ! アンタ達って、いつまで経っても初々しいのねぇ」

笑いに伴って、服からこぼれ落ちそうな胸元が揺れる。
そのメリハリのついた完璧な肢体をくねらせて近づいてきたのは、ディクス家のブレイドで、ウィズレイの義妹でもあるローズだった。

「よう、ローズ。お前もでかけるのか?」
「ええ、ちょっとネンネちゃん達の指導にね」

艶やかに笑み、ちらりと視線を流す。
つられて見れば、新人のブレイドらしき少年達が遠慮がちにこちらを見ていた。

「指導はいいが……夜の指導はするなよ?」
「あら、ブレイドたる者、そっちの経験も豊富じゃなきゃいけないじゃない?」

恥ずかしげもなく、ローズは自身の胸元を寄せて見せた。そこまでされれば、いくら艶事に疎い私でも何の話か検討がつく。
はちきれんばかりの胸元に目が釘付けになりながら、生唾を飲み込む。

「そ、そそそうなんですか?」
「ええ……」

美しすぎるローズに満面の笑みを向けられると、女の私ですら動悸が激しくなる。
まさかウィズレイもその夜の指導を……と妄想雲が頭上に広がりかけたところで、それを打ち消す声が響いた。

「馬鹿、こいつが真に受けたらどうすんだよ!」
「真に受けるもなにも、一部は真実じゃない? まあ幹部は例外だけど」

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