落ちた葉の上に雪が積もり、季節は深まる。
カミルが「血の海」と称した中庭は、すっかり雪化粧で覆われていた。
照り返る夕陽に目を細め、妙な胸騒ぎを覚える。

今夜は聖夜――カミルの誕生日を、老舗のレストランで祝うことになった。
そんな特別な日の高揚感で、つい先ほどまでは浮かれていたはずなのに……。

「どちらにしろ、この時間になると真っ赤なんだよね……」

カミルがあんな不穏なことを言ったから、思い出して落ち着かない気分になったのだろうか。
理由のない微かな焦りが胸の奥で燻っている。

「出かける準備はできたか?」

軽く物思いに沈んでいたら、ボスとしての気風に溢れた正装姿のカミルが入ってきた。
純白のドレスに身を包んでいる私を眺め、満足げに微笑む。

「やっぱり俺の見立ては正しかっただろ?」

するりと腰を引き寄せられ、恥ずかしさで俯く。
そんな反応が、さらに悪戯心をくすぐってしまったらしい。
カミルは大きく開いたドレスの胸元を指先でなぞり、柔い肉の部分で円を描いた。

かつて言われた『成長具合』を確かめられているようで、いっそう顔が熱くなる。

「は、早く行かないと予約の時間になっちゃうよ」
「まあ、そうだな。メインディッシュは後にしたほうがいい」

わけのわからないことを言って体を離し、腕を少し持ち上げる。
一拍おいてから苦笑した私は、その隙間に手を滑り込ませた。

「カミルは手を繋ぐよりも、腕を組むほうが好きだよね」
「そのほうが、くっつけるからな」

しれっという顔は、二年前の仮面からは考えられないほどに悪どく、色っぽい。
一瞬見惚れそうになって、小さく頭を振った。
ぼんやりしていたら、またからかわれてしまう。



「そういえば、今日は銃を持っていないの?」

エントランスの扉を開ける前になって、ふと気がつく。
いつもは腕を組むと、服の下に隠してある魔銃の存在を感じるのに、今日はそれが無かった。

「祝いの席に、そんな物騒なものは持っていけないだろ」
「でも……」

覇権争いが落ち着いているとはいえ、ダイオス内では未だに不穏な動きがある。
聞くところによると、クーデターに疑問を持っていた者が一部に残っているらしい。
そういう事情があるから、万が一を考え、用心して欲しかった。
セラ曰く「この世に絶対などない」のだ。

「ほら、早く行かないと予約が無駄になるぞ」

せっつくように一歩を踏み出され、私は少し慌てて手提げ鞄を握りしめた。
中にある魔銃の硬い感触を確かめて、こっそり息を吐く。

「……少し神経質すぎるかな」
「いや、そのくらいのほうが頼もしいさ」

二人並んでエントランスを出ると、そこでは既に迎えの馬車が待機していた。
懐中時計を確認したら、予定より若干遅れている。
私は時間を取り戻そうと、少し早足で歩いた。

 その、刹那――
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