こうもしれっと言われると、驚くほうが間違っているのかと錯覚しそうになる。
いやいや、たぶん間違ってはいないはずだ。
未だ短い人生だが、その見聞きした経験からすると、ほとんどの女子は結婚を
一大事と考えているはず。
「なんで明日なんですか? そんな突然では、何も用意できませんよ。それ以前に、私が拒否したらどうするつもりだったんですか?」
頬を膨らませ、精一杯の不満を表す。
拒否するつもりは毛頭なくても、聞かれなければ気持ちをないがしろにされたのかと思う。
それなのに、セラは声音に笑いすら含ませて言った。
「第一に、明日を逃せば、次の休みがいつになるか分からなかった。
第二に、ドレスや式場の手配は既に済んでいます。
そして意志を聞かなかったのは……拒否させる気がないからです」
語尾が掠れ、甘さが混じる。
唐突に艶を含んだ声音に、ぞくりと肌が粟立った。
「……勝手ですね。あまり突然だと、逃げちゃいますよ」
熱くなった顔を俯け、ぶらつかせた足で恥ずかしさを誤魔化す。
「逃げられると思うのなら、やってみなさい。
……捕まえて、仕置きをするのも楽しそうだ」
囁く唇が火照ったうなじに宛がわれ、びくりと反応してしまう。
先ほど同じ場所に口づけられた時とは、明らかに違う意味を伴っている気がした。
「逃げないんですか……?」
温もりが離れたかと思えば、吐息を感じるほど近くで囁かれる。
微かな息遣いが首骨を辿ると、触られてもいないのに、その感触が思い起こされて体が震えた。
感覚をリアルに想像できるほど、慣らされている。
恐れではなく、切なさでも震えるのだと、この人と恋仲になってから知った。
「……意地悪ですね」
肌に触れそうで触れない、微妙な距離で私の反応を楽しんでいる。
悔しくて抗議をしたら、クスリとした笑い声が耳の横で聞こえた。
いつの間にか移動した唇が、耳朶を挟んで圧迫する。
「ええ、貴女限定で……」
不意に歯を立てられ、痛みになる前の、ぎりぎりのラインに感覚を落とされる。
「貴女がいけないんですよ。だから、柄にもなく焦ってしまう」
「ふふ、セラが焦るだなんて……」
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あるわけない、そう言おうとした時、膝の上で体が回転させられる。
今度は横向きに座る格好となり、少し体を捻れば正面から向き合える……
というより、強引に向き合わされて、目をぱちくりさせた。
「戦略的に考えて、時には焦りも必要です。だから式を早めた」
「え……」
どういう意味だという問いは、合わさった唇の間に消えていった。
驚きで閉じていたそれを揉みほぐすように啄まれ、つい甘い吐息が漏れてしまう。
「っ、セラ……」
「まったく、そんな顔をして……今日は誰を誘ったんですか」
「誘ってなんか……」
「頭の他に、あの駄犬に触られた場所を言ってみなさい」
月光が差し込み、氷色の瞳の奥が湖面のように揺らぐ。
それは静かに、けれど激しく燃える炎にも似て、いつもこの心を絡め取ってしまう。
「さて……今日の『仕置き』を始めましょうか」
熱情に捕らわれ、甘やかな闇に包まれる。
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